【178号】『緑川学園の幽霊部員』 令和070506
『緑川学園の幽霊部員』
舞台と設定
登場人物
物語の概要
プロローグ:時計塔の記憶
2025年6月、緑川学園の校庭にそびえる古い時計塔が、夕陽に長い影を落としていた。校庭の端に植えられた桜の木々は、初夏の緑を鮮やかに広げている。緑川学園は文武両道で知られる進学校で、特に演劇部は全国大会での活躍が期待されていた。
高橋怜奈(17歳、2年生)は、演劇部の稽古場で台本を手にしていた。ロングヘアをポニーテールにまとめ、眼鏡をかけた知的な雰囲気の少女だ。怜奈は演劇に情熱を注いでいたが、それは幼い頃のトラウマを克服するためでもあった。
10年前、時計塔で「幽霊」を見た記憶が、怜奈の心に暗い影を落としていた。真っ暗な時計塔の階段で、白い影がこちらを見つめる姿――その恐怖が、怜奈を長い間苦しめてきた。だが、演劇の舞台に立つことで、彼女はその恐怖と向き合おうとしていた。
「怜奈、準備できた? 今日から本格的な稽古よ。」演劇部部長の佐々木美咲(18歳、3年生)が鋭い目つきで声をかけた。ショートカットの黒髪が揺れ、厳格な雰囲気を漂わせる美咲は、全国大会優勝を目指して部員たちに厳しく指導していた。
「はい、大丈夫です。」怜奈は眼鏡を直し、深呼吸した。
「じゃあ、照明の確認頼むね。」怜奈の幼馴染で照明係の中村翔太(17歳、2年生)が、優しく微笑んだ。短い茶髪と垂れ目が、彼の穏やかな性格を表している。
稽古が始まり、怜奈が舞台に立つと、突然、舞台装置の幕が落下した。部員の一人が下敷きになり、軽い怪我を負った。「何!? 誰がこんなこと…!」美咲が叫んだ。
幕の上には、血のような赤いペンキで不気味な落書きがされていた。「幽霊部員が…来た…。」
怜奈の背筋が凍った。緑川学園には、20年前に演劇部員が時計塔で失踪し、「幽霊部員」として現れるという伝説があった。「幽霊なんて…存在しない。」怜奈は自分に言い聞かせたが、心の奥で恐怖が蘇るのを感じた。
第1章:幽霊部員の警告
翌朝、怜奈は翔太と美咲に相談した。「昨日の事件、幽霊の仕業じゃないと思う。誰かが意図的にやったんだ。」
美咲が眉をひそめた。「…確かに、装置のロープが切られてた。でも、誰が? 部員の中に裏切り者がいるって言うの?」彼女の声には苛立ちが滲んでいた。
翔太が震えながら言った。「俺、時計塔の幽霊話、信じてるけど…怜奈がそう言うなら、俺も調べるよ。」
「ありがとう、翔太。部長、私たちで調べてみましょう。」怜奈は冷静に提案した。
怜奈たちは稽古場に戻り、落下した幕とロープを調べた。ロープには鋭い刃物で切られた跡があり、赤いペンキの痕跡が付着していた。「このペンキ、落書きと同じだ。」怜奈は証拠としてロープを保管した。
さらに、部室のロッカーを調べると、美咲のロッカーに不気味なメモが挟まっていた。「次はお前が消える」と書かれており、筆跡が美咲のものに似ていた。
「部長が…?」怜奈が疑念を抱くと、美咲は激しく否定した。「私がそんなことするわけない! 部を壊す気!? 誰かが私の筆跡を真似たのよ!」
美咲の過剰な反応に、怜奈は彼女が何か隠していると感じた。美咲の目には、恐怖と苛立ちが混在していた。
その夜、怜奈は一人で時計塔の伝説について調べた。図書室で古い新聞記事を見つけると、20年前の「演劇部員失踪事件」の詳細が判明した。失踪した部員・佐藤葵は、全国大会の稽古中に時計塔で姿を消し、その後見つからなかった。当時の演劇部員には、現在の顧問である林和真(40歳、英語教師)がいた。
「林先生が…関わってた?」怜奈は呟き、時計塔の幽霊伝説と今回の事件が繋がっている可能性を感じた。
第2章:時計塔の隠し部屋
怜奈たちは林先生に話を聞くことにした。職員室で林を見つけた。「林先生、20年前の演劇部員失踪事件について知ってますか?」
林は一瞬目を逸らし、穏やかだがどこか秘密めいた声で答えた。「…過去は忘れなさい。演劇は人を救うんだ。」
その態度に、怜奈は林が何かを隠していると確信した。「先生、今回の事件と関係があるかもしれないんです。教えてください。」
林はため息をつき、「…私は関係ない。だが、時計塔には近づかない方がいい」とだけ言い、立ち去った。
怜奈たちは時計塔に忍び込むことにした。夜、校舎の裏手にそびえる時計塔は、月明かりに不気味な姿を映していた。古びた扉を開けると、埃っぽい空気が鼻をついた。階段を上り、時計機械の部屋にたどり着くと、埃をかぶった稽古道具が散乱していた。
翔太が震えながら言った。「怜奈、ここ…本当に幽霊が出そう…。」
「大丈夫、幽霊なんて存在しないよ。」怜奈は自分に言い聞かせながら、道具箱の中から古い日記を見つけた。表紙には「佐藤葵」と書かれている。
日記を開くと、20年前の部員の心情が綴られていた。「林に裏切られた。時計塔で…。私はもう耐えられない。」最後のページには、血のような赤い染みが。
「これ…佐藤葵さんが失踪した時の日記だ…。」怜奈は背筋が寒くなった。
時計塔の奥に隠し部屋があるのを発見した。部屋には、佐藤葵の遺品と思われる衣装と、床に残る血痕が。怜奈は確信した。「ここで…何かがあったんだ。林先生が隠してたんだ。」
その瞬間、時計塔の階段から足音が聞こえた。「誰!?」怜奈が叫ぶと、足音は遠ざかり、静寂が戻った。
第3章:美咲のトラウマ
翌日、怜奈は美咲に直接聞いた。「部長、落書きの筆跡、あなたに似てます。何か隠してるんですか?」
美咲は目を伏せ、震える声で語った。「…1年前、私のせいで部員が退部したの。彼女が全国大会のプレッシャーに耐えられなくて…。その子が『幽霊部員になってやる』って言って辞めた。私はトラウマで…。その子が戻ってきたんじゃないかって、怖かったの。」
美咲は落書きが自分の筆跡に似ている理由を説明した。「誰かが私の筆跡を真似たのよ。…でも、誰が?」
怜奈は美咲が犯人ではないと確信し、協力して「幽霊部員」の正体を追うことにした。「部長、一緒に真相を突き止めましょう。演劇部を守るために。」
美咲は涙を拭い、頷いた。「…ありがとう、怜奈。私、逃げてただけだった。」
怜奈たちは演劇部の部員たちに聞き込みをした。1年生の部員が、「林先生が時計塔で何か隠してる」と証言。怜奈たちは再び時計塔へ向かい、隠し部屋の血痕を科学部の友人に分析してもらった。結果、血痕は20年前のもので、DNA鑑定から佐藤葵のものだと判明した。
「佐藤葵さんは…ここで命を絶ったんだ…。」怜奈は真相に近づいていると感じた。
第4章:幽霊部員の正体
怜奈たちは林を問い詰めた。「林先生、時計塔の隠し部屋…佐藤葵さんが失踪した真相を教えてください。」
林は目を伏せ、長い沈黙の後、観念したように語った。「…彼女は私の恋人だった。全国大会のプレッシャーで精神が不安定になり、時計塔で自ら命を絶った。私は隠してしまった…。その罪悪感から、演劇部を守ろうとした。」
林は「幽霊部員」として部員たちを脅していた。「美咲が部員たちに過剰なプレッシャーをかけているのを見て、1年前の退部事件が繰り返されると恐れた。警告のつもりだった…。装置のロープを切ったり、落書きをしたのは私だ。」
怜奈は林の罪を許せなかったが、彼の苦しみも理解した。「先生、隠しても誰も救われません。真実を公表しましょう。」
そこへ、青葉高校の新聞部員、佐藤陽太が現れた。「緑川学園の事件、取材に来たんだ。俺たちも似た事件を解決したことがある。…林先生、隠すのはもう終わりだ。」
陽太の助言に、怜奈は勇気を得た。「林先生、真実を舞台に上げましょう。演劇部を守るためにも。」
第5章:舞台の上の真実
怜奈たちは演劇部の公演で真相を公表することを決めた。全国大会予選の当日、舞台は満席の観客で埋め尽くされていた。怜奈が演じる役は、過去と向き合う少女。公演の最後に、特別なシーンを追加した。
怜奈がマイクを手に、観客に向かって語った。「20年前、時計塔で部員が命を絶ち、林先生が隠しました。今回の事件も、林先生が部員たちを守るために起こした…。でも、真実を隠さなければ、私たちは前に進める!」
観客席から拍手が起こり、林は舞台上で頭を下げた。「…ごめん。もう逃げない。」
公演は大成功し、演劇部は全国大会への切符を手に入れた。林は辞職し、過去と向き合うことを決めた。
エピローグ:新たな幕開け
公演から1か月後の夏休み、怜奈と翔太は時計塔の前で未来を語り合っていた。「怜奈、俺、幽霊なんて存在しないって、ようやく信じられたよ。」翔太が笑った。
「真実を舞台に上げてよかった。これからも、演劇で希望を届けよう。」怜奈は眼鏡を直し、決意を新たにした。
美咲がやってきて言った。「怜奈、翔太、次の公演の脚本、書いてくれる? 演劇は命よ…これからも一緒に頑張りましょう。」
時計塔の鐘が鳴り、緑川学園に新たな希望の幕が上がった。怜奈たちは、演劇部での新たな挑戦に向け、笑顔で歩き出した。
終わり