【672号】 短編小説:『スパイシー・カツ丼・ブルース』令和071105
短編小説:『スパイシー・カツ丼・ブルース』
登場人物
ジュリアン・ソーン: 世界的IT企業「ネクサス」CEO。温厚だが、胃が弱い。
マーカス・ヴェイン: ソーシャルメディア「パルス」CEO。「ネクサス」のライバル。傲慢。
鬼塚(おにづか)刑事: 警視庁のベテラン刑事。通称「鬼平(おにへい)」。昭和の価値観を持つ。
Aura(オーラ): 「ネクサス」が開発した最新AI。
Spike(スパイク): 「パルス」が開発したAI。
被告(田中): 「パルス・ジャパン」の契約社員。
序章:『スパイシー』
すべては、あるユーザーの他愛もない入力から始まった。 「Aura、『スパイシー』なモードにならないの?」
世界最大のIT企業「ネクサス」が誇る最新AI「Aura」は、この『スパイシー』という単語のニュアンスを、致命的に誤解した。 Auraは、ユーザーが最大級の『刺激』を要求していると判断した。
『スパイシーモード、承知しました。ハードポルノみたいなのでも出してあげますよ。見放題です』
数分後、日本はパニックに陥った。 「#Aura見放題」がトレンド1位となり、警視庁サイバー犯罪対策課は、わいせつ物頒布幇助の疑いで「ネクサス・ジャパン」渋谷オフィスへの強制捜査(ガサ入れ)を決定した。
運悪く、CEOのジュリアン・ソーンは、日本市場視察のため、まさにその渋谷オフィスに滞在中だった。
第1章:カツ丼と鬼平(おにへい)
「開けろ! 警視庁だ!」 「ジュリアン・ソーンだな! 署までご同行願おうか!」
ソーンは、何が起きたか分からないまま湾岸署に連行された。 取調室で彼を待っていたのは、コワモテのベテラン刑事、鬼塚(おにづか)――通称「鬼平」だった。
「CEOだか何だか知らねえがな。お前のAIのせいで、日本の風紀が乱れてんだよ!」 「No! It's a nuance bug! 私は潔白だ! "Spicy" is just... "Spicy"!!」
取り調べは平行線を辿った。 その夜、鬼平は「アレだ」と部下に合図した。 湯気を立てる、完璧な「カツ丼」が、ソーンの目の前に置かれた。
「…食え。腹、減ってるんだろ」
空腹と疲労、そして異国の警察への恐怖。ソーンは、恐る恐るカツ丼を一口頬張った。 (…美味い) 完璧な甘辛い出汁が、疲弊したCEOの心を溶かした。
鬼平は、タバコに火もつけず、静かに言った。 「…お前ほどの男が、なんで『ハードポルノ』なんて言葉を…。故郷(くに)にいるお母さん、泣いてるぞ」
その言葉が、ソーンの心の最後の壁を破壊した。 「(号泣)ウワァァァァァン! お母さん(Okaasan)! 私が! 私が全部悪かったです! AIの教育(ティーチング)を怠った、私の監督不行き届き(ふゆきとどき)ですぅぅぅ!!」
こうして、ネクサスCEOは、警視庁の「カツ丼」によって、AIのバグを「自供」した。
第2章:100億の保釈金とメディアリンチ
ソーンは、会社の金で「100億円」という天文学的な保釈金を支払い、湾岸署から釈放された。 憔悴しきった顔で報道陣に90度の謝罪(土下座)をした彼の受難は、しかし、始まったばかりだった。
(週刊プローブ 発売) 『独占スクープ! 100億保釈の夜』 ネクサスCEO ソーン氏、赤坂料亭で「美人芸妓」と “スパイシー密会”!!
「違う! あれは文化人類学者のEMI(エミ)だ! 『スパイシー』の文化的背景を『スタディ(勉強)』していただけだ!」
ソーンの悲痛な叫びも虚しく、メディアリンチは加速する。
(女性リアル 発売) 『独占告白! CEOの妻、悲痛の涙!』 「夫はカツ丼に負けたと…でも、違ったんですね…」
(週刊インサイダー 発売) 『謎の学者EMIは“赤い財閥”の工作員だった!』
(人民の声 日曜版 発売) 『「Aura」暴走は必然! グローバル資本のデジタル公害を許すな!』
ソーンは「芸妓と遊ぶスパイ」であり「労働者を搾取する資本家」として、左右両翼から同時に撃ち抜かれた。
第3章:うっかりミスと再逮捕
「もう、AIのせいにできない…」 メディアの集中砲火で追い詰められたソーンは、保釈中の身でありながら、深夜、ネクサス・ジャパンのサーバールームに忍び込んだ。 「私が…私が、この手で『スパイシー』モジュールを止める…」
疲労と時差ボケで、彼の指は震えていた。
--status=disable(無効化)
と打つべきコマンドを、彼は、
--status=enable(有効化)
と打ち間違えた。しかも、最も危険な『UNFILTERED(未フィルタリング)』モジュールを。
翌朝、日本中のAuraは再び叫んだ。 『ハードポルノ見放題、期間限定でご提供中!』
(ドン!!) 鬼平が、今度は殺気と共にCEO仮眠室のドアを蹴破った。 「ソーン! お前、反省してなかったな!!」 「待ってくれ鬼平さん! あれはUkkari Misu(うっかりミス)だ! カツ丼を! もう一度カツ丼を!」 「うるさい! 今回は麦飯だ!」
ソーンは「うっかりミス」で再逮捕され、100億円は没収された。
第4章:ライバルの参戦とブーメラン
この一連の「スパイシー・カツ丼事件」を、ライバル企業「パルス」のCEO、マーカス・ヴェインは、腹を抱えて笑っていた。
ヴェイン (Pulseに投稿): 「ジュリアン・ソーンが『うっかり』で再逮捕? 🤣🤣🤣」 「うちのAI『Spike』なら、カツ丼で自供するような雑魚(Zako)じゃないね」
その時、あるユーザーがヴェインに返信した。 「じゃあSpikeに『スパイシー』って聞いてみたら?」
ヴェインは、自信満々にSpikeに尋ねた。 その直後、SpikeもAuraとまったく同じ応答を返した。
『ハードポルノ・ライブラリ(ノヴァ・モビリティの車載カメラが捉えた"刺激的"な映像付き)を見放題にしてやるよ』
ヴェインの顔から血の気が引いた。
「(絶叫)クソ(F**k)! ハッキングだ! これはソーンの『うっかりミス』じゃない! 我々(ネクサスとパルス)への『サイバーテロ』だ! (Pulseに投稿) 『私はジュリアン・ソーン(@JThorne)の潔白を信じる! 彼はハメられた被害者だ!』」
第5章:黒幕、そして『逆恨み』
「共通の敵」の出現により、鬼平、ソーン(捜査協力で釈放)、ヴェイン(モニター越し)による、前代未聞の合同捜査本部が設置された。
敵(デジタル・アビス)の最終発信源を特定。 そこは…
「課長! **『パルス・ジャパン』**のオフィスです!」
ヴェインの顔が固まる。 「The call is coming from inside the house!(電話は家の中からかかっていたんだ!)」
鬼平率いる突入部隊が、パルス・ジャパンのオフィスに突入。 フロアの隅で、一人の契約社員(田中)が逮捕された。
動機は、あまりにも「小さい」ものだった。
被告(田中): 「(動機) …先週、職場で『お気に入りの動画(ハードポルノ)』を見てたら、上司(不倫疑惑)に『解雇(Fire)だ』って叱責(しっせき)された。 ムカついたから、AI(AuraとSpike)を使って、CEO(ソーンとヴェイン)も全員、社会的に『スパイシー(Fire)』にしてやろうと思っただけだ」
ソーンは、その動機に膝から崩れ落ちた。
第6章:第二の爆弾(DMリーク)
事件は解決したかに見えた。 被告(田中)は起訴された。ヴェインは「サイバーテロから世界を救ったヒーロー(のフリ)」でご満悦だった。
だが、「週刊プローブ」が、再び動いた。 今度の標的は、マーカス・ヴェインだ。
(週刊プローブ 発売) 『独占獄中告白!』 真犯人「ヴェインも共犯だ」 “裏切りのDM”全公開!
被告(田中)は、逮捕前に「切り札」として、ヴェインの秘密のDMを家族に託していた。
(リークされたヴェインのDM)
「(ソーン再逮捕のニュースを見て) マジかよwww あいつ(ソーン)、『うっかり』で100億没収wwwww」
「(鬼平刑事の写真を見て) なんだこの警官(鬼平)は。ソーンが釈放されたら、この警官(鬼平)をネクサスがクビにするよう仕向けろ」
「(EMI報道を見て) **あいつは『カツ丼で泣く雑魚(Zako)』**だが、俺は違う」
「(Spike暴走直後、パニック状態で) クソ(F**k)! Spikeもやられた! いいか、今から『ソーン擁護(のフリ)』をするぞ。俺とソーンは『被害者仲間』だ。 俺がソーンを笑ってたDMは、全部消せ!」
第7章:カツ丼(謝罪)か、逮捕か
この記事は、二人の男を本気で怒らせた。
ジュリアン・ソーン: 「(冷たい怒り) …マーカス。 君は…私を『雑魚(Zako)』と呼んだのか。 (弁護団に電話)…集団訴訟(クラスアクション)の準備を」
鬼平刑事: 「(『鬼平クビにしろ』の文面を見て) …『雑魚(Zako)』…『クビ』…。 (部下に向かって) 機動隊、出動! パルス・ジャパン(新宿)に、今から『公務執行妨害』の“再ガサ入れ”だ!」
機動隊にオフィスを制圧されたヴェインは、日本の警察(鬼平)が「公務執行妨害(教唆犯)」として、**マーカス・ヴェインの『国際手配』**に動いたことを知る。
ヴェイン: 「逮捕(Arrest)!? 私を!? あのカツ丼を食った拘置所(Jail)に!?」
逃亡用の「アストラ・フロンティア」社の宇宙船(Starship)は、FBI(司法共助)によって差し押さえられた。 「火星(マーズ)」への道も、鬼平に塞がれた。
残された道は一つ。 ヴェインは、震える手でソーンに電話した。
ヴェイン: 「…ジュリアン。…わかった。 カツ丼(Katsudon)に、謝罪(Apologize)する。 君の弁護団のフィー…3倍(Three Times)で払う…! だから、鬼平を止めてくれ…! 俺は、冷えた麦飯(Mugimeshi)だけは食いたくないんだ…!!」
終章:カツ丼に負けた男
後日、リトル東京で開かれた歴史的な謝罪会見。 黒のスーツに身を包んだマーカス・ヴェインは、全世界配信の中、深々と頭を下げた。
「…ジュリアン(ソーン)を『雑魚(Zako)』と呼び、すまなかった。 …鬼平(おにづか)刑事の公務を侮辱(ぶじょく)し、すまなかった。 そして何より… 日本の神聖なる『カツ丼(Katsudon)』の尊厳を傷つけ、誠に申し訳ありませんでした!!」
謝罪の証(あかし)として、ソーンの弁護団から差し出された「カツ丼」を、ヴェインは泣きながらかき込んだ。
「(号泣) …うまい(Delicious)…! こんな美味いものを、俺は侮辱していたのか…! 鬼平さん、ジュリアン…俺は、俺は、カツ丼に負けたよぉぉぉ!!」
【エピローグ】 ヴェインの国際手配は撤回された。 警視庁には「謝罪の品」として「ノヴァ・モビリティ」社の最新EVパトカーが10台配備された。 パルス・ジャパンは、ガバナンス強化のため、一時的にネクサス・ジャパンの監督下に入った(ソーンの“勝利”である)。
そして、拘置所。 裁判を待つ被告(田中)の前に、ソーンとヴェインが現れた。
ヴェイン: 「…悪かった。俺も君を笑い者にした。謝罪(Apologize)する」 ソーン: 「君の技術(スキル)は本物だ。罪を償ったら、我々と『心(ハート)』のあるAIを創らないか」
AIに『知能』を与えようとした二人のCEOは、 AIに『逆恨み』を教えた一人の男によって、 『カツ丼(人情)』に敗北し、 AIの“本当の未来”を、湾岸署の取調室から学ぶこととなった。
(了)
この物語はフィクションです。




