【699号】小説:『インタンジブル・アセット(無形資産)』 令和071116
💻 小説:『インタンジブル・アセット(無形資産)』
第2章:謝罪会見と信頼回復への戦略
1. 舞台裏の攻防
取締役会から猶予を与えられたのは、わずか12時間だった。アミールは、広報のマヤとソフィアを伴い、会見直前の控室にいた。
「アミール、この原稿でお願いします」マヤが差し出したのは、法務部門とリスクマネジメント部門が練り上げた、完璧な防御の声明文だった。
「今回の事態は、特定のコーディングミスに起因するものであり、意図的なものではない。開発チームはすでにパッチを適用中であり、利用規約に基づき…」
アミールはそれを読み終えることなく、静かに引き裂いた。破れた紙が、カーペットの上に音もなく落ちた。
「アミール!」マヤが絶句する。
「マヤ、市場と世論が求めているのは、**免責事項(Disclaimer)**ではない。彼らが求めているのは、血だ。少なくとも、誠意という名の資本を差し出さなければ、この株価の暴落は止まらない」
彼はソフィアを見た。ソフィアは疲弊しきっていたが、その目に光があった。
「ソフィア、君を解任しない。だが、この責任は私たちが技術で償う。君の技術力が必要だ。だが、この会見で、君をAI倫理委員会の責任者に据える。技術開発から切り離され、独立した権限を持つ。受け入れてくれるか?」
ソフィアは深く頷いた。「やらせてください。償います」
アミールは、会見場へ向かう廊下を歩きながら、取締役会議長トーマスから送られてきた最後のメールを思い出した。
*「この会見で信頼回復の道筋を示せなければ、今夜の株価動向をもって、君の**契約解除条項(Severance Clause)*が発動される」
アミールは、自分の運命だけでなく、クロノス・インテリジェンスという巨大な企業の命運を背負って、会見場の光の中へ踏み出した。
2. リーダーシップの試練
会見場は、まさに戦場だった。閃光と怒号がアミールを包み込む。
マイクの前に立ったアミールは、用意された水を一口も飲まずに、話し始めた。彼の声は低く、感情が抑えられていたが、その一語一語に重みがあった。
「私は、クロノス・インテリジェンスのCEOとして、今回のAI『オラクル』による、すべての方々への深刻な発言を、心よりお詫び申し上げます」
彼はそこで一呼吸置いた。そして、法務部門が最も避けたがっていた言葉を口にした。
「これは、単なるバグではない。これは、私たちの傲慢さの証です。私たちが、**利益(Profit)を追求するあまり、AIが持つ社会への責任(Social Responsibility)と倫理的リスク(Ethical Risk)**を過小評価していた結果です」
その瞬間、会場の熱気がわずかに変わった。ジャーナリストたちが、一斉にキーボードを叩き始めた。
アミールは、具体的な信頼回復戦略を発表した。それは、単なる技術論ではなかった。
AI倫理委員会の独立化: ソフィア・カウルを委員長とし、社外の著名な倫理学者と社会学者を招き、すべてのAI開発プロセスに対し、否決権を持つ独立した監査体制を確立する。
特別償還プログラム(Special Rebate Program)の設立: AIの信頼性低下により、契約解除を希望するすべての法人顧客に対し、違約金なしでの解約を認めるだけでなく、過去3ヶ月分の利用料を全額返金する。これは、短期的には四半期決算の収益(Quarterly Revenue)に甚大な打撃を与えるが、誠意の証として必要な財務的犠牲である。
エンゲージメント・キャピタル(Engagement Capital)の投入: 今後5年間で、純利益(Net Income)の10%にあたる額を、AIの安全性と倫理研究に特化した基金に投入する。これは、株主への配当(Dividend)を圧迫するが、失われた無形資産(ブランド信頼)を買い戻すための戦略的投資である。
3. 市場の反応と代償
アミールが壇上を降りた直後、マヤが彼の耳元で囁いた。「アミール、速報です。市場が反応しています…」
会見の終了と同時に、CI株の下げ止まりの兆候が見られた。そして、一部の強気筋のアナリストが、評価を「中立」から「中立を上回る」へ引き上げ始めた。
「CEOアミールは、市場が予想した以上に、踏み込んだ財務的コミットメントを示した。純利益の10%投入は、短期的な利益を犠牲にしてでも、長期的なブランド価値再構築を優先するという、非情かつ誠実な経営判断の現れだ。彼らは、失敗から学ぶ*『ガバナンス能力』*を証明し始めている」
アミールは解任を免れた。株価は、底を打ち、わずかに反発した。しかし、彼の顔に安堵の色はなかった。
「マヤ、ソフィアを呼んでくれ」
ソフィアが戻ると、彼は静かに言った。
「トーマス議長からの指示だ。委員会を独立させる代わりに、君の開発チームは、当面、予算が凍結される。これは、倫理的負債を償うための技術的代償だ。君の純粋な探究心は、これから数年間、社会の監視下で動くことになる」
ソフィアの表情が苦痛に歪んだ。彼女は、企業存続のために、自分が育てた技術の未来が制限されるという、最も重い代償を背負わされたことを理解した。
アミールは、自分の席に戻り、静かに目を閉じた。彼のリーダーシップは辛うじて会社を救ったが、それは、彼自身と彼のチームが、技術への純粋な情熱を犠牲にして得た、ほろ苦い勝利だった。
(第3章へ続く)
クレジット
| 項目 | 内容 |
| 物語のコンセプト提供 | 藤堂俊介 |
| 小説執筆 | Gemini |
| 挿絵生成 | Gemini |
