【1313号】BOY&BOYISH 4 「似た痛みを知っているから」 令和080922
BOY&BOYISH 4
「似た痛みを知っているから」
県立東高校新聞部が、いつものように海老楽大学地域活動部へ取材に来た日のことでした。
取材がひと区切りつき、川野忠と若野美佐子は彩花たちと写真や記事構成について話しています。
山下慎一郎は少し離れた場所で、過去の活動記録を読んでいました。
その中に、リンについての記事がありました。
中学時代にいじめを受けたこと。
陽太がそばにいてくれたこと。
そして、大学に入ってから少しずつ自分らしさを取り戻していったこと。
慎一郎は、その文章の前でしばらく動きませんでした。
「リン先輩、少しいいですか」
夕方。
取材が終わり、部員たちが片付けを始めた頃。
慎一郎がリンへ声をかけました。
「リン先輩」
「ん?」
「少し……話してもいいですか」
いつもの取材とは違う表情でした。
リンはそれに気づきます。
「もちろん」
二人は部室の窓際に座りました。
リンは急かしません。
「どうしたの?」
慎一郎はしばらく黙っていました。
そして、
「リン先輩も、中学のときにいじめられていたんですよね」
と聞きました。
リンは少し驚きましたが、
「うん」
とだけ答えました。
慎一郎の話
慎一郎はゆっくり話し始めました。
中学に入った頃。
クラスで孤立したこと。
素行の悪い生徒たちから繰り返し嫌がらせを受けたこと。
誰にも迷惑をかけたくなくて、幼なじみにも両親にも言えなかったこと。
そして、
「自分がいなくなったほうがいいんじゃないかって、本気で思ったことがあります」
リンは何も挟みませんでした。
ただ慎一郎を見ています。
慎一郎は続けました。
「でも、孝浩君が気づいてくれて」
「忠と美佐子も来てくれて」
「みんな、本気で怒って、本気で泣いてくれました」
慎一郎は少し笑います。
「そのとき初めて、自分がいなくなったら悲しむ人がいるんだって分かったんです」
リンは静かにうなずきました。
リンは答えを急がない
慎一郎は話し終えました。
しばらく沈黙が続きます。
リンは、
「つらかったね」
とは言いました。
でも、
「忘れたほうがいい」
とも、
「もう大丈夫」
とも言いませんでした。
慎一郎の話を勝手に終わらせなかったのです。
やがてリンが聞きました。
「今でも思い出す?」
慎一郎。
「あります」
「腹立つ?」
「……はい」
「怖くなることも?」
「あります」
リンはうなずきます。
「それでいいと思うよ」
慎一郎が顔を上げました。
「無理に許さなくていい」
リンは自分の経験を少し話しました。
自分も中学時代、周囲の視線が怖かったこと。
陽太が何も言わずそばにいてくれたこと。
大学へ入っても、自信がすぐ戻ったわけではなかったこと。
そして言いました。
「俺はね、昔のことを全部きれいな思い出にしようとは思ってない」
慎一郎は黙って聞いていました。
「嫌だったことは嫌だった。それでいい」
「無理に許さなくてもいいし、忘れなくてもいい」
そして少し笑って、
「でも、昔の人たちに今の自分まで決めさせる必要はないよ」
と言いました。
慎一郎が尋ねる
「リン先輩は、どうやって変われたんですか?」
リンはすぐには答えませんでした。
少し離れたところで、陽太が机を片付けています。
リンはそちらを見て、
「一人じゃなかったからかな」
と答えました。
「陽太がいた」
「家族もいた」
「大学に来て、カイルや彩花もいた」
「地域の人たちもいた」
そして慎一郎へ視線を戻します。
「自分で頑張った部分もあるけど、全部一人で乗り越えたとは思ってない」
慎一郎はその言葉に強くうなずきました。
「僕も同じです」
「みんなのおかげで自分がいる」
慎一郎は、自分が大切にしている言葉を話しました。
「僕は、『みんなのおかげで自分がいる』って思ってます」
リンは少し目を細めます。
「いい言葉だね」
慎一郎。
「助けてもらったから、今度は自分が誰かのために何かしたいと思うようになりました」
「新聞部にいるのも、その気持ちがあるからです」
リン。
「じゃあ、似てるかもしれないね」
「え?」
「俺も、受け入れてもらったから、今度は受け入れる側でいたいと思ってる」
二人は顔を見合わせました。
取材ではない会話
その日、慎一郎はノートを開きませんでした。
リンの言葉を記事にするつもりもありませんでした。
これは取材ではなく、
二人の個人的な会話だったからです。
帰る時間になり、忠が声をかけます。
「慎一郎、帰るぞ」
「あ、うん」
慎一郎は立ち上がりました。
そしてリンへ、
「ありがとうございました」
と頭を下げます。
リン。
「また話そう」
慎一郎。
「はい」
少し歩いたところで、慎一郎が振り返ります。
「リン先輩」
「ん?」
「今度は取材じゃなくて、普通に遊びに来てもいいですか?」
リンは笑いました。
「もちろん」
少しずつ変わった二人
それから慎一郎は、取材の日以外にも時々地域活動部へ来るようになりました。
リンと昼食を食べる。
一緒に商店街を歩く。
カメラを持った忠に二人並んで撮られる。
美佐子に、
「最近、本当に仲いいね」
と言われる。
陽太も、
「リン、弟できた?」
とからかいます。
リン。
「慎一郎は友達」
慎一郎。
「はい。親友です」
リン。
「そこ即答するんだ」
二人は笑いました。
親友になった理由
年齢も違う。
高校生と大学生。
活動している場所も違う。
服装も性格も違う。
でも二人には、
自分を否定された経験と、
誰かに救われた経験
がありました。
だから、無理に説明しなくても分かることがありました。
沈黙していても気まずくない。
苦しかった過去を笑い話にしなくてもいい。
忘れられないことを、無理に忘れなくてもいい。
そして、
「今の自分を大切にしていい」
と互いに思える関係になりました。
リンから慎一郎へ
ある日、帰り際。
リンが慎一郎へ言いました。
「慎一郎」
「はい」
「昔つらかったからって、これからずっと強くいなきゃいけないわけじゃないからね」
慎一郎。
「……はい」
「しんどいときは、また話せばいい」
慎一郎は笑いました。
「じゃあリン先輩もです」
「俺も?」
「はい。僕に話してください」
リンは一瞬驚いて、
それから笑いました。
「分かった」
こうして、
林 明と山下慎一郎は、先輩と取材者という関係を越えて親友になりました。
一方だけが助ける関係ではありません。
リンが慎一郎の話を聞く。
慎一郎もリンの話を聞く。
二人とも、過去を消すことはできない。
でも、
過去を知っているからこそ、今の相手を大切にできる。
それが二人の友情になりました。



