【13号】陽太くんの物語 令和070330

 

「佐藤健一の物語:遠くの光と喫茶店の灯り」

第5章:喫茶店の灯りと新たな一歩(2029年)

2029年5月、青葉市の春は桜が満開だった。俺、佐藤健一は54歳で、アパートのポストに届いた手紙を手に震えた。美紀からの便箋だ。「健一、陽太が結婚しました。山田彩花さんと。青葉市に戻って、地域医療を始めるよ」。陽太が26歳で医者として新たな人生を歩み始めたって。手紙を握り潰しそうになって、俺は胸を押さえた。陽太が幸せなら、それでいい。でも、結婚式に呼ばれなかった寂しさが、心の隅で小さく疼いた。

夜、俺はアパートでビールを手に窓を見た。桜の花びらが風に舞ってて、陽太の笑顔が浮かんだ。「陽太、おめでとう」と呟いたら、涙が溢れた。俺は陽太に何もしてやれなかった。でも、陽太が輝いてるなら、俺の人生も意味があったんだ。そう思って、俺は決めた。市役所を早期退職して、貯金で小さな喫茶店を開く。陽太の光に触発されて、俺も一歩踏み出そうって。

数ヶ月後、青葉市の商店街に「喫茶店 灯り」がオープンした。俺は看板に「灯り」って名前を刻んだ。陽太が俺の心に点してくれた灯りを、ここで誰かに届けたいって思ったからだ。開店初日、老夫婦が店に入ってきて、「いい店だね」と笑った。俺は初めて穏やかに「ありがとう」と返した。カウンターでコーヒーを淹れながら、陽太の小さな声が響いた。「パパ、約束ね」。あの約束は果たせなかったけど、俺はこの店で新しい約束を始めようって思った。

夕方、地元の若者が「佐藤さん、陽太君のお父さんですよね?」と聞いてきた。俺は一瞬驚いて、「ああ、そうだ」と頷いた。若者が「陽太君、医者としてすごいですよ。CMでも見ました」と笑うと、俺の胸が熱くなった。「そうか、ありがとう」と呟いて、コーヒーを渡した。陽太が俺の知らないところで誰かを救ってる。その誇りが、俺の乾いた心を満たした。

2029年5月の陽太の結婚式の日。俺は「灯り」を早めに閉めて、青葉市の神社に向かった。遠くから見える白無垢の彩花とスーツの陽太。陽太の笑顔が輝いてて、俺は木の陰に隠れて見つめた。美紀が陽太を抱きしめてる姿も見えた。俺は近づけなかった。でも、心の中で「陽太、おめでとう。幸せになれ」と叫んだ。涙が頬を伝って、俺は笑った。陽太が幸せなら、俺はそれでいい。振り向かず立ち去る時、風が桜の花びらを舞わせて、俺の背中を押してくれた。

夜、「灯り」に戻って、俺はカウンターに立った。常連の老夫婦が「佐藤さん、今日は何か嬉しそうだね」と言う。俺は笑って、「息子が結婚したんですよ」と初めて口にした。老夫婦が「おめでとう!」と拍手してくれて、店が温かい笑いに包まれた。俺はコーヒーを淹れながら、「ここからだな」と呟いた。陽太の遠くの光が、俺にこの灯りをくれた。俺はもう一人じゃない。この店で、誰かの笑顔を照らせるなら、それが俺の新たな一歩だ。

第5章の終わり

陽太の幸せは遠くで輝き、俺の人生に最後の光をくれた。俺は家族を失って、一人で生きてきたけど、陽太が未来を切り開く姿が、俺をここまで導いてくれた。喫茶店「灯り」は小さくても、俺の心に点った灯りが誰かに届く場所だ。陽太、お前のおかげだよ。俺は笑って、遠くの光と新しい一歩を胸に刻んだ。


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