【1145号】令和8年8月15日の日記 令和080815
令和8年8月15日
おはようございます
天気予報によると晴れから曇りへ変わる長崎です。
私が住んでいた離島の漁村お盆はお墓で花火、爆竹を鳴らしていました。小さな商店はお盆の3日間は特別に花火の売り場を出し、お墓参りの人々へ花火を販売していました。
聞くところによればその商店も高齢化と人口の減少によって店を閉めたということです。
体が不自由になって15年。交通が不便なため墓参りが厳しいです。
夕方からは長崎の各地では精霊流しが行われます。爆竹の喧騒がお盆が過ぎていくのを感じます。
精霊流しは体が不自由になる前はよく見に行きました。現在は遠くから聞こえる爆竹の音を聞くだけです。
午後から雲が広がる
昨日の天気予報では午後から雨が降るとなっていました。今日の予報を見ると曇りが続いています。それでも気温は30℃を超えています。
麻痺している体の硬直が昨日から強くなっています。雨が降るのでしょうか。なぜかと言うと雨の日の前は麻痺している部分の硬直がとても強くなるからです。
終戦記念日
8月15日を終戦記念日。戦争が正式に終わったのは降伏文書に調印した9月2日とも言われています。
アジアや聯合国などでは、今日または別の日に開放記念日または戦勝記念日などを意味する言葉が使われています。
私の叔父は81年前の2月ミンダナオ島にて戦死したと戸籍に載っています。あくまでも書類上で正確な日付場所は分からず、そして遺骨がありません。
この頃はフィリピンでアメリカ軍との激しい戦闘が行われていました。そのため最期はどうなったのかははっきりわからないそうです。
叔父は私が生まれる20数年前に戦死しましたから当然ながら記憶もありません。
残っているのは、実家にある写真(遺影)だけです。
その写真も上半身の服装の部分が鉛筆で描かれたい絵です。
毎年1回弔慰金国債の利札5万円を受け取っていました。親父が6年前に亡くなり、それも一昨年終了しました。
現在は政治家の一部、そして一部の人々が英霊と称して靖国神社へ参拝や集合する姿がニュースになります。
どんなに崇めても国のためと言っても国が起こした戦争に巻き込まれたわけです。戦争が好きで行ったではありません。
平和だからスポーツができる
スポーツチームの中には8月になると平和だからスポーツができるのコピーを出すところがあります。これは賛成します。
でも違和感を感じるのは何でしょうか。私の単なるひねくれでしょうか。
その時の為政者や社会情勢によってスポーツが政治に利用されるという例は過去の歴史を見るとわかると思います。
コピーを出すのであればスポーツを楽しむためには平和を続けなくてはいけないがふさわしいと思います。この表現はおかしいでしょうか。
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