【1333号】BOY&BOYISH 4 東高校新聞部・山下慎一郎 高校最後の事件 令和080924
東高校新聞部・山下慎一郎 高校最後の事件
「守るために、前へ出る」
卒業を目前にした冬。
山下慎一郎の高校生活は、静かに終わろうとしていました。
新聞部では後輩への引き継ぎがほぼ終わり、次代を担う藤尾健太と滝沢宏平が中心となって動き始めていました。
慎一郎自身も、海老楽大学社会福祉学部への推薦合格が決まり、残された時間は卒業号の確認や後輩への助言に使っていました。
しかし、慎一郎たちが知らないところで、過去がもう一度動き始めていました。
1. 二年前の因縁
慎一郎が高校2年生だった頃。
彼をいじめようとし、さらに幼なじみの川野忠まで事件へ巻き込もうとした生徒がいました。
加藤。
山本。
二人の行為は学校側の調査によって明らかとなり、最終的に退学処分となりました。
慎一郎はその後も、
「もう終わったことだ」
と考えようとしていました。
忠も同じでした。
しかし、加藤と山本にとっては違いました。
二人は、
「自分たちが学校を追われたのは山下のせいだ」
と逆恨みを続けていたのです。
そして慎一郎の卒業が近づいた頃、
「卒業する前に仕返しする」
という話が、かつての知人を通じて東高校の生徒へ伝わりました。
藤尾たちが知る
最初に情報をつかんだのは、新聞部の後輩たちでした。
部長となっていた藤尾健太。
その相棒の滝沢宏平。
そして、
高野。
北川。
四人は放課後、新聞部室で話し合いました。
滝沢。
「山下先輩に言った方がいい」
藤尾は少し考えます。
「言えば、先輩は自分で行く」
高野。
「絶対そうだな」
北川。
「しかも俺たちを巻き込まないようにする」
全員、同じことを考えていました。
慎一郎ならそうする。
自分が標的なら、
自分一人で片付けようとする。
藤尾は机に手を置きました。
「だから、山下先輩を近づけない」
「俺たちがおとりになる」
計画は単純でした。
加藤と山本が慎一郎を探しているなら、
自分たちが先に接触する。
慎一郎がそこへ来ないようにする。
警察や学校へ連絡できる状況を作る。
滝沢。
「危なくないか?」
藤尾。
「危ない」
高野。
「即答するなよ」
北川。
「でも、先輩一人で行かせるよりはいい」
藤尾は言いました。
「山下先輩には、俺たち何回助けられたと思ってる」
誰も反論しませんでした。
しかし、慎一郎は見てしまった
放課後。
慎一郎は卒業号の資料を職員室へ届けた帰りでした。
校門から少し離れた道。
普段なら通らない裏手。
そこで、
藤尾。
滝沢。
高野。
北川。
四人の姿を見つけます。
さらに、その向こう。
二人の男。
慎一郎は足を止めました。
顔を見た瞬間、分かりました。
加藤と山本。
慎一郎の表情が変わります。
「……何してるんだ」
「山下先輩、来ないでください!」
藤尾が慎一郎に気づきました。
「山下先輩!」
滝沢。
「来ちゃ駄目です!」
慎一郎は歩みを止めません。
加藤が笑いました。
「本人来たじゃん」
山本。
「ちょうどいい」
慎一郎は四人の前へ出ました。
藤尾。
「先輩!」
慎一郎。
「俺のことで後輩が前に立つ必要はない」
藤尾。
「でも」
「守ろうとしてくれたのは分かった」
一度だけ藤尾を見ます。
「ありがとう」
そして加藤と山本へ向き直りました。
昔の慎一郎とは違う
中学時代。
慎一郎はいじめを受け、
自分の気持ちを言えなかったことがありました。
怖くても黙った。
誰かに心配をかけたくなくて耐えた。
でも今は違いました。
新聞部長として、
何十人もの部員と関わった。
取材で大人とも話した。
柔道を経験した。
運動部へ体験取材に行った。
失敗して謝った。
誰かと衝突して和解した。
そして、
自分を守ってくれる人がいることを知りました。
慎一郎は静かに言いました。
「俺に用があるなら、俺に言えばいい」
加藤の逆恨み
加藤。
「お前のせいで俺たちは退学になったんだ」
慎一郎。
「違う」
即答でした。
「自分たちがやったことの結果だ」
山本。
「偉そうに言うな」
慎一郎。
「偉そうに言ってない」
声を荒らげません。
でも一歩も引きません。
「忠を巻き込もうとしたことも」
「俺にやったことも」
「学校が調べて判断した」
そして、
「俺に責任を押しつけても、事実は変わらない」
空気が変わる
加藤が一歩前へ出ました。
慎一郎も逃げません。
小柄で細身。
しかし姿勢はまっすぐでした。
柔道で身につけた安定した立ち方。
新聞部長として多くの場面を経験してきた落ち着き。
何より、
恐怖を隠して強がっているのではなく、逃げないと決めた人間の目
をしていました。
山本が思わず止まります。
「……こいつ」
加藤。
「何だよ」
慎一郎。
「帰れ」
二人が黙ります。
「ここで何かしたら、今度は学校の処分じゃ済まない」
高野が電話をかける
その間に、
高野は少し距離を取り、スマートフォンを取り出していました。
警察への連絡はすでに別の部員がしています。
高野がもう一件かけた先は、
海老楽大学。
相手はリンでした。
「リン先輩ですか」
『うん。どうした?』
「慎一郎先輩が……」
事情を聞いたリンの声が変わりました。
『場所は?』
高野が答えると、
『分かった』
短い返事。
その隣にいた陽太も事情を聞きました。
二人はすぐ現場へ向かいました。
陽太とリン到着
数分後。
慎一郎たちの後ろから、
「慎一郎」
という声。
慎一郎が振り返ります。
「リン先輩?」
陽太もいました。
加藤と山本が二人を見る。
海老楽テレビや地域イベントで顔を知られている、
BOY&BOYISHの二人。
しかし、この日の二人にはステージの笑顔はありませんでした。
陽太。
「もうやめろ」
低い声でした。
リンも慎一郎の隣へ立ちます。
「慎一郎に何か用?」
加藤。
「大学生は関係ないだろ」
リン。
「親友が巻き込まれてるから関係あるよ」
リンの威圧
リンは怒鳴りませんでした。
むしろ静かでした。
それが余計に強く響きます。
「慎一郎がどんな人か、俺は知ってる」
「お前たちが昔何をしたかも聞いてる」
加藤。
「だったら何だ」
リン。
「過去の責任を慎一郎へ押しつけに来たなら、帰った方がいい」
山本。
「脅してんのか?」
リン。
「違う」
そして、
「警察が来るまで、ここにいるだけ」
陽太の一言
陽太はさらに短かった。
加藤たちをまっすぐ見て、
「もう逃げ道を自分で減らすな」
それだけ。
加藤が何か言おうとします。
しかし、
慎一郎。
藤尾。
滝沢。
高野。
北川。
リン。
陽太。
誰一人引きません。
加藤と山本の側には、
もう「一人を囲んで脅す」という構図がありませんでした。
むしろ、
自分たちだけが過去に取り残されている
ように見えました。
「帰るぞ」
山本が小声で言いました。
加藤。
「……」
「もういい」
二人は背を向けようとしました。
そのとき。
遠くからパトカーの音が聞こえます。
加藤が止まりました。
慎一郎。
「もう遅い」
警察到着
警察官が到着。
学校側からも教員が駆けつけました。
事前に伝えられていた復讐予告。
元生徒による接触。
関係者の証言。
保存されていた連絡記録。
状況はその場で確認されました。
加藤と山本は警察へ連れて行かれ、
その後の捜査によって、慎一郎らへの報復を企図していたことも明らかになります。
二人は正式に逮捕されました。
「なんで黙ってた」
すべてが終わったあと。
慎一郎は藤尾たちを見ました。
「なんで俺に言わなかった」
藤尾。
「言ったら先輩が一人で行くと思ったからです」
慎一郎。
「……」
滝沢。
「当たってますよね?」
慎一郎は答えられません。
北川。
「だから俺たちがおとりになろうとした」
慎一郎。
「それは駄目だ」
四人が黙ります。
「俺を守るために、自分たちを危険にしてどうする」
藤尾。
「でも先輩だって同じことしたでしょう」
慎一郎。
「……」
高野。
「完全にブーメランですね」
リンが吹き出しました。
慎一郎。
「笑わないでください」
リンから慎一郎へ
人が少なくなったあと。
リンが慎一郎へ言いました。
「怖かった?」
慎一郎は少しだけ黙ります。
そして、
「怖かったです」
リン。
「うん」
「でも逃げたくなかった」
リンは笑いました。
「それでいいよ」
慎一郎。
「強くなったと思います?」
リン。
「前から強かったよ」
「ただ、前は一人で我慢する強さだった」
そして、
「今は誰かを信じて立てる強さになった」
慎一郎は静かに笑いました。
後輩たちへ
翌日。
新聞部室。
慎一郎は藤尾、滝沢、高野、北川を前に座らせました。
「昨日のこと」
四人が緊張します。
慎一郎。
「俺を守ろうとしてくれたことは、本当に嬉しかった」
藤尾。
「はい」
「でも次からは、危険な相手を自分たちだけで何とかしない」
「学校へ言う」
「警察へ言う」
「大人を使う」
「分かった?」
四人。
「はい」
慎一郎。
「よし」
藤尾。
「山下先輩もですよ」
慎一郎。
「え?」
「先輩も一人で対峙しない」
滝沢。
「同じルールです」
慎一郎は苦笑しました。
「……はい」
高校最後の事件
この一件によって、
長く慎一郎たちを追いかけてきた加藤と山本との因縁は、事実上終わりました。
高校時代の最後に起きたのは、
華やかな新聞コンクールでも、
大きな取材でもありませんでした。
後輩が先輩を守ろうとし、
先輩が後輩を守ろうとし、
大学の友人まで駆けつけた出来事。
それは新聞記事にはしませんでした。
慎一郎が決めました。
「これは、俺たちの記録でいい」
卒業式の日
数週間後。
県立東高校。
桜の下。
慎一郎は卒業証書を持って立っていました。
藤尾が言います。
「先輩」
「何?」
「海老楽大学行っても、新聞部来てくださいね」
慎一郎。
「取材?」
「遊びにでも」
滝沢。
「相談にも乗ってください」
慎一郎。
「もちろん」
少し離れたところには、
リンと陽太もいました。
リンが手を振ります。
慎一郎も振り返しました。
慎一郎は高校生活で、
傷つき、
助けられ、
失敗し、
謝り、
誰かを守り、
誰かに守られました。
最後に学んだのは、
強さとは、一人で全部背負うことではない
ということでした。
そして慎一郎は、
県立東高校新聞部で受け取った無数のつながりを持って、
次の春、
海老楽大学社会福祉学部へ進んでいくのでした。

