【1344号】BOY&BOYISH 4  「先輩たちは、一足先に大学へ」 令和080927

海老楽大学・社会福祉学部

「先輩たちは、一足先に大学へ」

春。

海老楽大学のキャンパスに、新しい学生たちが入ってきました。

その中には、県立東高校新聞部の卒業生が五人いました。

若葉良輔。
三原啓介。
大橋 恵。
浦上 薫。
松山浩輔。

五人とも、山下慎一郎より一学年上。

東高校時代には、慎一郎が一年生後半から新聞部長へ抜擢されたあと、個性的な二年生チームとして彼を支えてきた先輩たちです。

そして五人は、この春からそろって、

海老楽大学 社会福祉学部 1年生

となりました。

一方、山下慎一郎はまだ、

県立東高校 3年生。

高校新聞部で最後の一年を過ごしているところでした。

ただし慎一郎自身も、すでに海老楽大学社会福祉学部への推薦合格を決めています。

来年になれば、また同じ大学で会える。

そんな少し不思議な一年が始まりました。


五人そろって合格

慎一郎が五人の進路を知ったのは、東高校新聞部へ先輩たちが顔を出した日のことでした。

若葉。

「山下、久しぶり」

慎一郎。

「若葉先輩!」

その後ろから、

三原。

大橋。

浦上。

松山。

懐かしい顔が次々に入ってきます。

慎一郎。

「大学生活どうですか?」

三原。

「その前に言ってなかったことがある」

「何です?」

大橋。

「私たち五人、全員社会福祉学部」

慎一郎。

「……全員?」

浦上。

「全員」

松山。

「見事に固まった」

慎一郎は目を丸くしました。

「なんでそんな大事な話、今まで黙ってたんですか!」

若葉。

「反応見たかったから」

慎一郎。

「先輩たち相変わらずですね!」

部室に笑い声が広がりました。


なぜ社会福祉学部だったのか

五人が社会福祉学部を選んだ理由は、それぞれ違います。

しかし根っこには、

東高校新聞部で人を取材してきた経験

がありました。

いじめ。

学校生活。

運動部。

文化部。

通信制。

家族。

地域。

悩みを抱える生徒。

表では明るくても、別のところで苦しんでいる人。

記事を書くために話を聞いているうちに、

「伝えるだけでなく、その人が生きていく環境そのものを知りたい」

と思うようになったのです。


若葉良輔の変化

ところが慎一郎は、話を聞きながら何度も若葉を見ていました。

若葉。

「さっきから何?」

慎一郎。

「いや……」

「何だよ」

慎一郎は少し迷ってから言います。

「若葉先輩、ものすごく身体変わりましたよね?」

三原が吹き出しました。

「やっと言った」

大橋。

「遅いよ、山下君」

高校時代の若葉は、温厚で少し丸みのある体格でした。

中学時代には薬の副作用で体重が増え、それを理由にからかわれた経験もあります。

しかし今の若葉は違いました。

肩。

腕。

胸。

姿勢。

どこを見ても無理に大きくした筋肉ではなく、

細身で引き締まった、筋肉質な体型。

顔つきまでシャープになっています。

慎一郎。

「……すごくかっこよくなってません?」

若葉。

「前はかっこ悪かったみたいに言うな」

慎一郎。

「そういう意味じゃないです!」

大橋。

「でも分かる。かなり雰囲気変わった」

浦上。

「大学入ってからさらに仕上がってきた」

若葉。

「人を完成品みたいに言うな」


きっかけは慎一郎だった

若葉が身体を鍛え始めたきっかけ。

それは意外にも、

山下慎一郎

でした。

慎一郎は高校時代、

体力をつけることと取材を兼ねて、

運動部体験入部取材

を始めています。

柔道。

野球。

バスケットボール。

陸上。

その他さまざまな競技。

細身だった慎一郎が、取材だからと次々に飛び込んでいく。

若葉は、その姿をずっと近くで見ていました。

若葉。

「最初は、山下また無茶してるなって思ってた」

慎一郎。

「取材です」

「それは知ってる」

「でも、お前って続けるじゃん」

少しずつ走れるようになる。

柔道でも動けるようになる。

身体が変わる。

疲れにくくなる。

それでも慎一郎本人は、

「運動選手になるわけじゃないです」

と淡々としていました。

若葉。

「それ見てたら、俺もやってみようかなと思ったんだよ」

慎一郎。

「僕を見て?」

「そう」


無理をしない身体づくり

若葉は極端な減量はしませんでした。

食事を抜くこともしない。

急激に体重を落とすこともしない。

歩く。

走る。

自重トレーニング。

軽い筋力トレーニング。

少しずつ負荷を増やす。

そして、体調を優先する。

それを長く続けました。

結果、

体重だけを減らすのではなく、

身体そのものが強くなった。

三原。

「途中から筋トレが趣味になったけどな」

松山。

「大学の体育館も使ってるし」

若葉。

「せっかく使えるんだからいいだろ」


慎一郎は素直に喜ぶ

慎一郎。

「でも嬉しいです」

若葉。

「何が」

「僕がやってたこと見て、先輩も始めてくれたって」

若葉は少し黙りました。

そして照れくさそうに、

「まあ、少しは影響されたよ」

と答えます。

慎一郎。

「少し?」

三原。

「かなりだな」

大橋。

「かなりね」

若葉。

「お前ら黙れ」


五人それぞれの進路

若葉良輔

記事制作とPC作業。

新聞部の紙面制作をデジタル化した中心人物です。

慎一郎との衝突と和解も経験しました。

若葉は、

「一度関係が壊れても、人はやり直せることがある」

という経験から、

人間関係の再構築や居場所づくり

に関心を持つようになりました。


三原啓介

写真担当。

一瞬を切り取ることが得意。

しかし大学へ進む頃には、

「写真に写らない人のことも知りたい」

と思うようになります。

主役ではない人。

裏方。

家族。

見守っている人。

地域で誰かを支えている人。

そうした存在への興味が、社会福祉へつながりました。


大橋 恵

同じく写真担当。

明るく行動的。

知らない人にも自然に話しかけられるタイプでした。

大橋。

「新聞部で地域へ出るようになってから、人と話すのがもっと好きになった」

そして、

「困ってる人を撮るだけじゃなくて、どうしたら暮らしやすくなるのか考えたい」

と社会福祉を選びました。


浦上 薫

記事制作担当。

人の言葉を丁寧に扱うことを大切にしていました。

浦上。

「取材って、話を聞くことだろ?」

「福祉も、まず聞くところから始まるんじゃないかと思って」

慎一郎は深くうなずきました。


松山浩輔

同じく記事制作。

出来事の背景を整理するのが得意でした。

「誰が悪い」で記事を終わらせず、

なぜそうなったのか。

環境に問題はなかったか。

支援できる人はいなかったか。

その視点が、社会福祉の勉強と非常に相性が良かったのです。


海老楽大学地域活動部へ

大学生活が落ち着いた頃。

五人はそろって海老楽大学地域活動部を訪ねました。

竹本翔太が最初に気づきます。

「……東高新聞部?」

沢村加代。

「また増えた」

若葉。

「お久しぶりです」

翔太。

「若葉?」

若葉。

「はい」

翔太。

「身体どうした?」

若葉。

「竹本先輩まで!」

部室は大笑い。


リンも驚く

リンも若葉を見ていました。

「若葉君、前に会ったときと全然違うね」

若葉。

「やっぱりそう見えます?」

「うん。かなり」

陽太も一目見て、

「ちゃんと鍛えてる身体だな」

と言いました。

若葉。

「ありがとうございます」

慎一郎がその場にいたら、

「僕が褒めたときより嬉しそう」

と言いそうな顔でした。


慎一郎はまだ高校にいる

その頃。

慎一郎は毎日、東高校へ通っています。

高校3年生。

新聞部生活の最後の一年。

藤尾健太。

滝沢宏平。

そして後輩たちを見守りながら、

自分の進学準備も進めています。

先輩五人はもう大学生。

慎一郎はまだ高校生。

でも交流は途切れませんでした。


大学から高校へ

ある日の夕方。

若葉から慎一郎へメッセージが届きます。

「今日、社会福祉学概論で地域の居場所についてやった」

慎一郎。

「どうでした?」

「新聞部にも使えそうな考え方あった」

別の日。

浦上。

「傾聴の授業、取材とかなり近い」

大橋。

「地域イベント見つけた。今度新聞部で取材したら?」

大学で学んだことが、

東高校へ戻ってきます。


高校から大学へ

逆もありました。

慎一郎。

「今度、東高校で通信制の協力部員との合同企画やります」

若葉。

「それ大学の授業で紹介していい?」

慎一郎。

「もちろんです」

こうして、

高校新聞部の実践が大学の学びへ。
大学の学びが高校新聞部へ。

情報が往復し始めました。


慎一郎の推薦合格

そして慎一郎自身も、

海老楽大学社会福祉学部への推薦合格が決まりました。

その連絡を若葉へ送ると、

すぐに返信。

「来年待ってる」

三原。

「大学でも取材しよう」

大橋。

「今度は同じ学部ね」

浦上。

「一年先輩として資料貸す」

松山。

「授業の過去問は自力で頑張れ」

慎一郎。

「そこだけ急に厳しいですね」


「また先輩ですね」

後日。

五人が東高校へ遊びに来ました。

慎一郎が言います。

「僕が来年大学へ行ったら」

若葉。

「うん」

「また先輩後輩ですね」

若葉は笑いました。

「結局そこは変わらないな」

慎一郎。

「高校でも大学でも」

大橋。

「安心しなさい。ちゃんと面倒見てあげる」

慎一郎。

「それは嬉しいです」

三原。

「素直だな」


一足先に待つ五人

卒業まで、まだ少し時間があります。

慎一郎は東高校で最後まで新聞を作る。

後輩へ引き継ぐ。

取材する。

失敗する。

また学ぶ。

その一年先では、

若葉たち五人が海老楽大学社会福祉学部で、

すでに新しい学びを始めていました。

慎一郎がこれから歩く道を、

ほんの少し先に歩いている。


春の海老楽大学。

若葉がキャンパスを歩きながら言いました。

「来年、山下来るんだよな」

三原。

「騒がしくなるな」

大橋。

「楽しくなる、でしょ」

浦上。

「両方じゃない?」

松山。

「たぶん両方」

若葉は笑いました。

「まあ、待ってよう」


県立東高校ではその頃、

慎一郎が新聞部室で原稿を直していました。

高校3年生。

まだ高校生。

でも、次に進む場所には、

すでに先輩たちがいます。

そして一年後。

慎一郎が海老楽大学の門をくぐるとき、

そこにはきっと、

昔と同じ調子で、

「遅いぞ、山下」

と笑う五人が待っているのでした。

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