【1345号】BOY&BOYISH 4 山下慎一郎とリン 「誰にも言っていない話」 令和080927
山下慎一郎とリン
「誰にも言っていない話」
海老楽大学地域活動部へ取材に来たある日の夕方。
川野忠と若野美佐子は、彩花たちと次の記事について話していました。
慎一郎は少し離れた場所で、リンのそばに座っていました。
二人だけになると、慎一郎はいつもより口数が少なくなります。
リンは急かしませんでした。
しばらくして、慎一郎が小さな声で言いました。
「リン先輩にだけ、話したいことがあります」
リンは慎一郎を見ると、
「うん」
とだけ答えました。
忠にも、美佐子にも言っていない
慎一郎は少し迷ってから続けました。
「中学のときのいじめのことなんですけど……」
リンの表情が少しだけ変わります。
慎一郎が過去にいじめを経験したこと自体は知っていました。
しかし、詳しいことまでは聞いていませんでした。
慎一郎。
「実は、忠にも美佐子にも全部は話してません」
リン。
「そうなんだ」
「二人とも大事な友達です」
「だからこそ、言えませんでした」
心配をかけたくなかった。
幼なじみに弱っているところを見せるのが怖かった。
もし話したら、二人が自分のために怒り、傷つくと思った。
慎一郎は、当時の気持ちを一つずつ話しました。
「一人で抱えてたんだね」
リンは途中で遮りませんでした。
正しい答えを探そうともしません。
慎一郎の話を聞き終えてから、
「ずっと一人で抱えてたんだね」
と言いました。
慎一郎。
「はい」
少し笑って、
「一人っ子なので、こういうとき兄弟がいたらどうだったのかなって思うことがあります」
リンが静かに笑いました。
「俺も一人っ子だよ」
慎一郎。
「だから……リン先輩には言えるのかもしれません」
兄弟みたいな距離
二人の関係は、いつの間にか変わっていました。
最初は、
取材する高校生と、取材される大学生。
それから、
似た痛みを話せる相手。
親友。
そして今では、もう少し違う関係になっていました。
慎一郎は言いました。
「リン先輩って、友達なんですけど……」
「うん」
「なんか、お兄さんみたいなんです」
リン。
「俺が?」
「はい」
リンは少し照れたように笑いました。
「じゃあ慎一郎は弟みたいな感じかな」
慎一郎。
「それ、嬉しいです」
リンも話す
慎一郎だけが話す関係ではありませんでした。
リンも、自分の中学時代について話しました。
いじめられたこと。
陽太がそばにいてくれたこと。
学校へ行くのが嫌になった日。
周囲の視線が怖くなったこと。
大学へ入ってからも、すぐにすべてが消えたわけではなかったこと。
慎一郎は何も言わず聞いていました。
今度は慎一郎が聞く側です。
「忘れなくていい」
慎一郎が聞きます。
「リン先輩は、もう昔のこと平気なんですか?」
リンは少し考えました。
「平気な日もあるし、思い出して嫌になる日もある」
慎一郎。
「やっぱりそうなんですね」
「でも、それでいいと思ってる」
「無理に忘れなくていい」
「許さなくてもいい」
そして、
「昔の人たちに、今の自分まで決めさせなければいい」
慎一郎はその言葉を静かに受け止めました。
「僕にも話してください」
リン。
「慎一郎も、しんどいときは言えばいいよ」
慎一郎。
「リン先輩に?」
「うん」
「兄貴扱いするなら、そのくらい使って」
慎一郎は笑いました。
「じゃあリン先輩もです」
「俺も?」
「はい。僕だけ話すのはずるいです」
リン。
「弟に相談する兄ってどうなんだろ」
慎一郎。
「いいと思います」
秘密にする約束
慎一郎が少し心配そうに聞きました。
「今日の話……」
リン。
「言わないよ」
即答でした。
「慎一郎が自分で話したいと思うまで、俺から忠君にも美佐子さんにも言わない」
慎一郎はほっとしました。
「ありがとうございます」
リン。
「でも、危ないことがあったり、慎一郎自身を守るために必要なときは、大人に相談することもあるからね」
慎一郎。
「はい」
それは秘密を破るためではなく、
慎一郎を守るための線引きでした。
忠と美佐子が戻ってくる
そこへ忠の声。
「慎一郎、帰るぞ」
美佐子。
「何話してたの?」
慎一郎は一瞬リンを見ました。
リンはいつも通りの表情です。
慎一郎。
「内緒」
忠。
「怪しい」
リン。
「兄弟の秘密」
慎一郎。
「リン先輩!」
美佐子が笑います。
「いつから兄弟になったの?」
リン。
「今さっき」
帰り道
東高校へ戻る途中。
慎一郎は少しだけ気持ちが軽くなっていました。
何年も誰にも言えなかったこと。
幼なじみにも話せなかったこと。
それを話せる相手ができた。
それだけで、過去が消えるわけではありません。
でも、
一人で持たなくてもよくなった。
一人っ子同士
リンも同じでした。
一人っ子。
兄弟がどんなものか、本当には知らない。
慎一郎も同じ。
だから二人は、
血のつながりではなく、
時間をかけて、
話を聞き、
弱いところを見せ、
互いを信じることで、
兄弟のような関係を作っていきました。
リンは慎一郎を、
ただ守るべき後輩とは思わなくなりました。
慎一郎もリンを、
憧れる大学生だけとは思わなくなりました。
ある日の帰り際。
慎一郎。
「リン兄」
リンが振り返ります。
「今なんて?」
慎一郎。
「何でもありません」
「聞こえたよ」
「忘れてください」
リンは笑いました。
「もう一回言って」
慎一郎。
「絶対言いません」
二人の笑い声が、夕方の海老楽大学の廊下に響きました。
それから二人の間では、
誰にも見せない弱さを話せることが、
親友以上、兄弟のような信頼の証
になっていったのでした。

